歌姫と騎士
「ミヤビ、宴の歌姫に選ばれたんだって?」
織物屋の前で、色とりどりの絹を眺めている少女に声をかけたのは、この織物屋の女主人・サカキだ。
彼女の店はシルウィールの街で1、2を争う織物屋で、宮殿の者達の服も作っている、仕立て屋を兼ねた店『色彩屋』。
その店の前で、多くの絹と睨めっこをしているのは、15、6ぐらいの歳の少女。
ミヤビと呼ばれたその少女は、サカキの問いに顔を上げて応えた。
「うん。昨日宮殿の使者が来たの。『明々後日の宴で王子の前で歌を披露してくれ』って」
年頃の女にしては、妙に子供染みた仕草で肩を下げ、顔をしかめながら彼女はため息をついた。
そして、昨日のことをサカキに話した。
使者がミヤビの家を訪れたのは、昨日の夕方。
夕飯の支度をしていたミヤビは、突然訪問してきた宮殿の使者に驚き、その者達から告げられたことにも、ひどく驚いた。
彼等は、明々後日に宮殿で行われる宴で王子の前で歌を歌って欲しい、と言ったのだ。
『なぜ、街娘のわたしが王子の前で歌を?…そういうものは普通、遊女や芸人がやるのでは…』
なにかの間違いでは?と思い、使者に聞いたミヤビに、2人来ていた使者のうちの1人が『王子、自らのご指名でございます』と言った。
…王子が?
『なぜ、王子がわたしのことを知って…?』
王子自らの指名と聞いてますます解らなくなる。
『それはあなたが宮殿内でも有名だからですよ、ミヤビ殿。…類いまれなる絶世の歌声を持つ、街の歌姫としてね』
もう1人の使者の方が、ミヤビの目を見据えながら、淡々と話した。