粛清者-新撰組暗殺録-
さてもう一つの噂、それは少々浮いた噂だ。

…新撰組壬生屯所の近くに、小さな質屋がある。

『石井屋』というその質屋には、こんな時代のせいか様々なものが持ち込まれる。

反物、高価そうな煙管、鞍に家宝という水墨画、そして武士の命である刀までもが質に入れられる。

その石井屋には一人娘がいる。

秩(ちつ)という名の器量良しで、新撰組が壬生村に屯所を構える前から別嬪で有名だったという。

その彼女が、総司をよく思っていないらしい。

何でもこの秩という娘、日本刀は何にも勝る芸術品だと考えており、それを質に入れるような輩は許せないが、日本刀を血や人の脂で穢す輩はもっと許せない。

新撰組の隊士達が秩の別嬪ぶりを聞き付けて顔を見に来るが、新撰組などというのは秩が最も嫌悪を感じる人種だ。

中でもその新撰組の中で最近メキメキと腕を上げて頭角を現す沖田総司。

会った事はないが、話によると人斬りもした事があるという。

そんな男は大嫌いだ。

壬生狼風情と同類になるのは虫酸が走るが、出来る事なら秩が自分の手で新撰組と沖田総司のような人殺しを斬ってやりたい…そう考えているらしい。

が、これは他の隊士から見れば羨ましい話だ。

女に命を狙われて付き纏われるなど、剣の腕も顔もよくないと出来ない芸当なのだから。

だから総司以外の者にとって、これは浮いた噂に過ぎないのである。

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