粛清者-新撰組暗殺録-
「で、何しに来た。昨夜の礼に…などと言うなよ」

「それが…その通りなのです」

娘は手をモジモジさせて、恥ずかしそうに俯いた。

「昨夜は本当に有り難うございました」

「それは昨夜聞いた。同じ事を言いにきたのならば帰ってくれ。お陰でまた刀の手入れのし直しだ」

さも迷惑そうに、斎藤は屯所の中に入っていく。

「あ、あのっ!」

それでもまだ未練があるのか、娘は斎藤を呼び止めた。

「しつこいと思われるかもしれませんが、やはりお侍様のお名前を教えて頂く訳には参りませんでしょうかっ?」

斎藤は立ち止まり、肩越しに娘の顔を見た。

…巾着袋を握り締め、何か酷く一生懸命に見える。

やはりこの娘は間者なのだろうか。

新撰組の隊士の名前を聞きだして来いという指令を受けた密偵なのかもしれない。

しかし、こんな娘が?

いつも冷静な筈の斎藤の頭の中で、混乱が起きていた。

そして考えあぐねた挙句。

「…新撰組三番隊組長、斎藤一だ…」

< 98 / 134 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop