親父死んでくれてありがとう
それからも父親は、株しか生きる道はないと必死にやっていた

しかし引っ越す前は、とにかく毎日父親と喧嘩をしていた。

友人が泊りに来るので

『バス停についたら電話して』

その当時は携帯がない時代

友人はバス停につき自宅に連絡をすると父親が出て

『マサコはおらん』

ガチャッと電話を切っていたのだ
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