eve
「崇高なるイヴの能力を持ってしても、今、次の瞬間にこの里を出てエマを根絶やしにする事が可能かと言うと、そうはいかぬであろう。エマの力を侮ってはならぬ。我らは、エマの生態、外界の状勢を詳しく把握しておく必要がある。つまり……エマの統治する世界へと、使者を送る必要があると言うことだ」
神殿が一気にざわめきだす。
イヴが自らの施した特殊な結界を越えて外界へと出たことは、それが張られて以来かつて一度としてなかった。
「神は……」
長がいっそう声を張り上げ、ざわめきを静める。
「使者を派遣するにあたり、ただ一人の尊ぶべき子をお選びになられた。
その我らが誇るべき史に刻まれるであろう名は……シルヴァ。神の子よ」
四千の瞳が、一斉に長から一人の「シルヴァ」と呼ばれた少女に注がれる。
時が止まったかのような神殿の中で、彼女の一切の混じり気もない、流れるようなプラチナの髪に映った松明の炎の揺らめきだけが、唯一の動きを見せている。
シルヴァは整った眉を少しだけ寄せ、ゆっくりと瞬いた後、普段と何ら変わらぬ鋭い瞳でまっすぐに、長を見つめた。
「神の名に、恥じぬよう」
美しい銀色の髪と、真っ白に透き通る肌。燃えるような真っ赤な瞳に、他のイヴ達の群を抜いたたぐいなまれの能力は、かつて太古に書かれたというシルヴァルス神の伝説の記述にある容姿そのものであった。
神の子と密かに噂され、その名をとり、当時の長より少女は”シルヴァ”と名づけられた。
「エマと友好的な交流を持つのだ。よいな、決して正体をばらしてはならぬ。お前は明日よりエマとして暮らすのだ。外界の状勢を把握し、主要都市を押え、それらの城の全てを暴け。ヤツらの弱みを探り出すのだ……詳しいお告げを聞こう。心を落ち着け、私の部屋へ来なさい」
長は強い声で一気に言い切った。
「……はい」
シルヴァが一切表情を変えずに答えるのを聞くと、長はゆっくりと立ち上がった。