―愛彩―

青年。

篠宮のお屋敷を出た私は、篠宮家とゆかりのある、長谷川さんの家へ身を寄せる事になりました。

長谷川さんは、以前は「篠宮工業」に材料を卸していた、問屋さんでした。

戦中は店をたたんでおられましたが、戦後に再開。従業員は長谷川さんを含めて、3人だけの小さな会社でした。

戦前に受けた篠宮様へのご恩返しのつもりで、行くあてのない私を引き受けて下さったのです。

「うちは、こんなところだけど、よろしく頼みます。」

長谷川さんは、一人でお暮らしになっておいででした。

年のころは50代。
奥様は既に亡く、ひとり息子を戦争で奪われた方でした。

「私の代で、会社も終わるだろう。のんびりやってくれればいいから。」

私の仕事はお手伝いさんとしての家事全般から、長谷川さんの会社の仕事に携わるなど、多岐に渡りました。

それまで、篠宮のお屋敷の中が私の世界だったのです。

外で勤めた事がなかった私に対して、長谷川さんは仕事のイロハを丁寧に教えて下さいました。

物腰が柔らかくて、人当たりの良い、器の大きい人・・・

長谷川さんは、そんなお方でした。
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