―愛彩―
和人様は日に日に体力が衰え、食事を召されることも、ままならなくなっていきました。

お見舞いに来られる方との応対も難しくなり、差し入れされた花だけが、和人様と私を見守っておりました。



「和人さん。」

私は、和人様の手を握りしめていました。

片時も、和人様をひとりにはしておけませんでした。

「みちるさん・・・。」

「はい。」

私は指に力を込めました。

「みちるさんは・・・幸せだったか・・・。私の傍にいて・・・。」

和人様の口元を覆う呼吸器に、白い息が浮かんでは消えておりました。

「幸福でした。とても。和人様の傍で。」

私は精一杯、微笑みました。

「和人様か・・・。そうは呼んでくれるなと、いつか言ったな・・・。」

和人様も、かすかに微笑まれておいででした。

「申し訳ありません。」

私の声は、かすれていました。

昔、和人様が『長谷川』にいらっしゃった時、

『“様”もいらないって。』

そう言われた日から、私は「和人さん」と呼び続けていたのです。

心の内では「和人様」とお呼び申し上げながら。
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