封印せし記憶
「私の家はここから30分もないのよ」
未だ困惑を貼り付けた少年に諭すような声で静菜が言う。
「……どうして、俺がおまえの家なんかに…」
「でも、やっぱりダメかしら。名前も知らない人を連れて行くのは」
静菜は少年から視線を外して呟く。
「ねぇ、やっぱり名前を教えてくれる?」
その視線はすぐに少年へと戻り、これで3度目となる質問をしていた。
「…俺はおまえの家なんかに行く気はねぇ。帰るなら1人で帰れ」
いったいどんな思考をしてるのかと疑問を感じた少年だったが、それを口にする事なく、ただ冷たくそう吐き捨てた。
「私の住んでるアパートの近くにね、公園があるの。公園って言ってもそこには子供が遊ぶような遊具はなくて、小さな丘と広がる芝があるだけなの」
「っ!俺の話聞いてんのかよ。そんなこと誰も聞いてねぇだろうが…っ!」
静菜は再び苛立ち始めた少年の二の腕辺りの服を摘まんで引っ張っり、歩き出した。
「おいっ!放せ!!」
「その公園はのどかですごくいい場所なのよ」
いつもより速めに歩く静菜に引っ張られる少年は上半身だけを持っていかれるような形になっていた。
静菜の力はさほど強くなかったはずだ。
しかも掴まれていたのは腕自体ではなく制服だけ。
つまり少年が振り払おうと思えばいくらでもそうできたのだ。
それをせずに、静菜に引っ張られるままになっていたのはなぜか。
それは少年にもわからなかった。