封印せし記憶
午後の授業をふけった2人が向かったのは、静菜のアパート近くの公園。
公園に着くやいなや静菜は楽しそうに、小高い丘の天辺へと登りだした。
軽い足取りの静菜は数分とかからず天辺に辿り着き、桜の木の根元に腰を下ろした。
和弥はというと登って行く静菜を面倒そうに見ていたものの、諦めたように丘の上に向かって歩き出し、腰を下ろしてしまった静菜に倣った。
しばらく無言の時間が過ぎていく。
静菜はなにを考えているのか遠くを見やっている。
そんな静菜を見て和弥は本当によくわかならない女だと眉をひそめた。
どうして泣いたのか。
屋上でのことはいったいなんだったのか。
それを聞くタイミングを完全に逃してしまってる。
聞いてもまともな返答が返ってくるとは思えないけどな…
それに互いが深く踏み込むことをよしとしていないのは確かな気がする。
だからそれでいいんだろう。
今のままが互いにとって心地いいものなら、踏み込む必要はない。
そうだ。俺は確かに朝日奈といることで心地いいと感じている。
いつだって神経をピリピリさせているこの俺が、朝日奈といる時だけは、穏やかな気分になるんだ。
ぼんやりと景色を眺めながら思考を廻らす和弥は、遠目に芝生の上で犬と戯れる人影を見つけそこに焦点を合わせていた。
背恰好から見てまだ20代そこそこといった感じの女性がゴールデンレトリバーを相手にフリスビーを投げて遊んでいる。
フリスビーが女性の手から放れるとゴールデンレトリバーは一目散に駆け出し、それをジャンプして易々とキャッチし、飼い主の下へ駆け戻る。
飼い主はよくできましたと褒めるように、撫でてやっていた。
その嬉しさから、尻尾をぶんぶんと振る様は、誰が見ても従順で、微笑ましく思えるほどに愛らしい。
しかしその様子をジッと眺めていた和弥には、なんの感情も浮かんではこなかった。
和弥は犬があまり好きではない。
苦手なのではなく、ただ好きになれないのだ。