封印せし記憶
「ねぇ、和弥は勉強が嫌いなの?」
「…?」
唐突に口を開いた静菜に、和弥は目に映していたものから視線が外れた。
振り返った和弥だったが、静菜の視線は相変わらず遠くを見ている。
「この前の中間テスト、追試を受けてたでしょう?」
「…別に…俺にとって勉強は好き嫌いで判断するものじゃない」
静菜はクスリと笑うだけでそれ以上追求しようとはしなかった。
和弥にとって、勉強はするべき物であった。
望まれるから、する。ただそれだけのこと。
好きだとか嫌いだとか感情を持つものではなかった。
しかしよく考えてみると、勉強を嫌いだと位置づけてしまうと、それはとっくの昔に苦痛でしかなくなっていたのではないかと今更ながらに思う和弥。
栄翠に入ることなど到底無理だっただろうと、自身で納得する他ない。
今の現状を鑑みれば当然のこと。
さらに流れる沈黙の時間。
この穏やかな時間を感じるようになって、まだ数週間しか経っていない。
和弥はそれでも久し振りだと思わずにはいられない。
先程と同じ場所に視線をやれば、同じようにゴールデンレトリバーを相手にフリスビーを投げる女性の姿。
そしてやはり飼い主に従順な犬を見て、軽く顔をしかめた和弥。
隣に綿菓子のような笑みを浮かべる静菜がいなければ、しかめっ面だけでは終わらなかっただろう。
和弥は犬の従順さが反吐が出るほど嫌いだった。
昔の己を見ているようで、無性に苛立たしくどす黒い感情が押し寄せてくるのだ。
それがここまで冷静に、その瞳に映すことが出来たことは、和弥自身にも驚きであった。