封印せし記憶


それを見届けた修史が静菜へと視線を戻せば、ふんわり微笑む静菜と視線が交わった。

「ケーキはよかったの?」

クスリと笑って問いかけた修史だったが、静菜が話をする場所を指定するために言ったんだと注文した時点でわかっていた。
修史自身も甘いものが嫌いなわけではなかったが、特に今食べたいかと聞かれれば、答えはノーだ。

「いい香りでしょ。コーヒーの芳ばしい香り」
「そうだね。この店に入った瞬間から、いい香りがしてる」

質問に対する答えではなかったものの、修史は動揺することなく笑って答えた。
しかし静菜を見た修史は少し違和感を感じた。
いい香りだと言うわりには、その顔は少しだけ影って見えたからだ。


「…まずは今朝のこと、謝らせて欲しい。三条がきついこと言ったと思うけど、あいつも必死だったんだと思う」

真っ直ぐに静菜を見つめてそう言った修史。
なぜ涼子のことで修史が謝るのかと疑問にも思うが、修史はなぜか涼子の保護者的な気分になっていた。

もちろん本人に謝らせたほうがいいとわかってはいるが、今は会わせないほうがいいと判断したのだ。

「それから三条と和弥のこと。詳しくは言えないけど、家の事でいろいろあったみたいでね。俺はもしかしたら和弥は君にならいつか話すんじゃないかって思ってる」

「あなたはコーヒーが好き?」
「…紅茶よりはコーヒーを好むって程度かな」

まったく関係のない質問にもなんなく対応する修史。
そして返ってこない返事を待ちながら、繁々と静菜を見つめた。

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