封印せし記憶
和弥を過去から引き摺り戻したのは、携帯の無機質な着信音だった。
なぜ今、こんなことを思い出すんだと忌々しく思いながら、チッと大きく舌打ちして、携帯を手に取った。
黒い携帯のディスプレイには、大橋修史と表示されていた。
通話ボタンを押した和弥はそれを耳に押し当てた。
『あっ、和弥?今日は悪かったな。おまえ、今学校か?』
和弥が何も発さないうちから、喋りだした修史。
「…サボった」
和弥は苛立ちを隠しもせずにぶっきらぼうに答えた。
『サボったぁ?おまえなぁ…まぁ、いいや。それより朝日奈さんは?』
「なんで俺に聞く」
『なんでって、おまえ以外に聞く奴いねぇし。朝日奈さんの携帯も知らないし?』
「俺だって知らねぇよ。…学校に残ったみてぇだけど、その後の事まではわかんねぇ」
『わかんねぇってなんだよ』
「あいつもよくサボる」
『そうかぁ~ …わかった、サンキュ』
少し悩んだような声音。
それでもすぐに気を取り直したかのように明るい声で、礼を言った修史は、和弥の返答も待たずに通話を遮断した。
通話の切れた携帯を見つめながら、和弥はふと考える。
今から思えば、あの頃には、親父には別に女がいたのかもしれない。
ビードロなんて女が好みそうなものを買ってきたんだ。
たぶん土産は女が選んだんだろう。
それはお袋もわかっていたんじゃないだろうか。
…きっと見て見ぬふりをしていたに違いない。