あいつ~序章
 轟音とともにバイクが動き出した。

 ゴーグルを掛けたあいつは体を前に倒しアクセルを開けた。前輪が浮き上がった様だ!タイアの焦げる臭いと悲鳴!俺はものすごいGを感じて、振り落とされまいとあいつの背中に密着した。必死に腕に力を入れ、顔をスーツに擦りつけた。奴の背筋はこんなに柔らかかったのか!

 横浜新道から高速道路の料金所をETC(無線による自動交通料課金装置)で通り過ぎた。料金ゲートに近づいても時速八十キロを出している!
 ポールにぶつかる!
と思った時、ポールは弾けるように上がり我々を通した。
 横横道路に乗ってぐんぐんとスピードを上げる。俺の視界には道路脇のフェンスが瀧の様に流れる。
 追い越し車線の銀色の3リットルのBMWが、遮光ガラス窓のベンツが、慌てて道を空ける。ヘルメットも被らず暴走するバイクに恐れをなしたのだろう。自転車を追い越すような感覚で、時にはすれすれに擦り抜けていく。
 横目に窓ガラスの向こうの運転者の引きつった顔が見えた。
 女を感じさせるようなふっくらした体つきなのに、400CCをこのように自在に駆り、ここまでの技術に達するには、とんでもない臂力が必要なはずだ。
「恐怖(ホラー)!恐怖(ホラー)!」

 俺の頭にT・S・エリオットの詩の一節が浮かんだ。
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