あいつ~序章
 俺の部屋のドアの前にくるとあいつは微笑んで薄目になって半分こちらを向き、貴婦人のように俺が鍵を開けるのを待った。まだ、ばれていないのか?

 あいつは部屋に入るなり、
「うえっ!なんだこの臭い!」
 俺は急いでキッチンとそれに続いた居間の窓を開けた。
「うわー、これ、何日洗ってないんだよ?」
 あいつは、流しの中に積まれた汚れた食器を見ながら言った。まさかあいつが一人で来るとは思いもしなかった。来るときは他の悪友と来て、夜じゅう騒ぐのだが。

 あいつは居間の薄いカーテンを閉め、後ろを向いたままスーツを脱ぎ始めた!またズボンの中の馬鹿者が疼く。
 時々、横顔をこちらに見せて、あいつはスーツを自分の体から剥がしてゆく。汗ばんだうなじ。長いまつげ。乱れた前髪から分かれた耳の前の毛の下から汗が伝う。
 靴下を最後に脱ぎ捨てたあいつは、薄いTシャツと黒いビキニパンツ姿になった。
 俺は目のやり場に困った。
 汗でTシャツが体に張り付いていた。均整のとれた体とうっすらと付いた脂肪。しかしその下の筋肉の強靭さは先ほど実証済みだ。
「あ~、見ろよ!やっぱり!」
 あいつは責めるような目で、俺にスーツの背中の黒いしみを見せた。
 俺の涎だ。
 内心ほっとした。俺にあいつはスーツを投げつけた。

「しみを取れよ!そんなんじゃ帰れないよ!」
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