ベイビーベイビーベイビー
一、ベイビーな人々

Baby1 彰人

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 四月上旬。匂い立つ春。
 否、匂い跳ねるような花々の香、盛りの春だ。

 清やかな若草色をした書簡が、さながら春の風に乗り合わせたように、ある一人の男の元に届けられた。

 仕事から戻った男は、アパートのエントランスに設けられた郵便受けを開き それに気付くと、いささか怪訝な表情を浮かべながら取り出した。

 裏返して差出人を見れば、そこにはその男、彰人の 故郷に住む母親の名が記してあった。

「珍しいな」

 上京して十数年、母親から手紙が届くなどという事は 一度となかった。

 ただ、連絡は随時交わしており、先週も電話で話した事を考えれば、緊急の用事でない事だけは確かだった。


「何だろう?」

 思いの他厚みがあるのを手の平で確かめながら 彰人は階段を上り、2階にある自宅へと急いだ。


 急いだというのも、書簡の内容が気になったというよりは、4月だというのにその夜はやけに外の空気が冷たくて、それは寒がりな彰人の薄い春物の外着では とても耐え難いものだったからだった。

 部屋に戻るなり暖房器具のスイッチを入れ 片手でネクタイを緩めると、彰人は重く疲れた腰をソファーに深く下ろし、中身を傷付けないようにハサミで慎重に封を開けた。


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