ベイビーベイビーベイビー

　

「え――…？」

　一瞬、その女性と目が合ったような気がした。

　それに慌てた真理江は、思わず歩道の脇に植えられている街路樹に隠れた。


　私が隠れる――？

　真理江はその女性の視線から逃れることを選んだ自分に疑問を抱きながらも、直感でその女性が祥吾の妻であることを悟った。


　あれが、綾乃さん――

　祥吾の部屋のベランダにもたれかかり、普段着でゆったりと空を見つめる女性。

　身に付けているブカブカのスウェットとはあまりにもギャップのある、腺の細くて優しい雰囲気を持つ容姿は、どこか儚げであった。


　その女性が着ている薄いグレーのスウェットは、おそらく祥吾のものであろう。

　真理江は、冷静にならねば、そしてこの事実を受け入れねばと、自身に言い聞かせるように、必死で湧き上がる感情を抑え、耐えた。