堕天使の涙

出会い

「お金欲しくない？」

突然背後から聞いた事の無い男の声。振り返るとやはり見た事の無い男の顔。

見た所、年齢は二十歳前後といったところか。茶色く伸びた髪、痩せた体を少し持て余した黒いＴシャツ。膝元が破れ肌が見えているジーパン、白いサンダル…。

明らかに「こちら側」の人間でない事はすぐに分かった。その風貌のみならず、その男の表情…。

その日を生きるのに必死になった事は無いであろうという爽やかと言うのか、いやらしいと言うのか何とも言えない笑顔を携え、その男は初めてにしては随分と近い距離で私に語り掛けて来た。

今年の夏は暑い。こういった手合いを一々相手にしていられる程、心に余裕は無い。

「向こう側」の人間が見せる笑顔というのは不快なものだし、ましてやその笑顔でこちら側に話し掛けて来られるというのは不愉快極まりない…。少し遅目の昼食を求め、再びゴミ箱に視線を戻す。

「五千万円。」

暑さを強調する蝉達の合唱に交じり、再び振り返らざるを得ないような言葉が聞こえる
…。

「五千万円で、人を殺して欲しいんだけど。」


私の「家」から近くのコンビニ、八月十四日。世間では盆だという理由で慌ただしく人が移動するこんな日にいつも通り、いつものゴミ箱で食料を探す私は彼にどう見えているというのか…。

「五千万円だと？」

「人殺し？」

男の発した言葉は余りに聞き慣れないもので、この暑さの中では即座に理解し得ないものであった。

蝉の声が止み、辺りが静まるのを待っていたかのように男は言葉を続けた。

「誰でもいいから人を一人殺して欲しいんだよ。五千万円あげるから。」