堕天使の涙

再会

「決めた？」

男はやはり今日も爽やかに、人殺しをするのかしないのかと尋ねる。

「考える時間は十分にあったんじゃないかと思うんだけど…？」

黙ったまま彼を見据える私を覗き返し、言った。
「もし嫌ならもういいよ？別の誰かに誰かを殺してもらうから…。」

幾ら考えてみてもその答えは出そうに無かった。やると決断する事も、五千万円をいらないと言ってしまう事も。

何とも不思議な感覚だった。つい一週間程前までは千円という金さえ手に入らず百円硬貨を拾ったその日はとても幸運に恵まれたような気分になったものだったが…。今、私は手にしてもいない大金の為に、これまでの金銭感覚を完全に狂わせてしまっていた。

今、このまま断れば一万円を手にし、今日からまた元の生活に戻り、何も無かったもの
として暮らせば良いのだ。

何度心の中で繰り返したところで、やはり五千万円を手にした時の想像に負けてしまう
…。

五千万円あれば…。

「やる気はあるみたいだね？」

男は微笑みながら一歩私に歩み寄り、持っていた傘を私の頭上に翳した。

「いつにしようか？まあ、そんなには待てないんだけどね…。」

彼は少し遠い目をし、今までと違った表情で、ぽつりと呟いた。

そんなに待てない…？やはり他にも候補者が…？余り考えていれば次の人間に依頼するという事か…。

「まあ、今すぐやろうかって顔でも無いねえ。今日はこんな天気だし、また明日来る
よ。」

彼は私の表情からおおよその考えを見抜き、確信したのだろう…。

人殺しをするのに晴れた日がいいとも思えないが…。いや、そもそも私が人殺しなどもうする訳がない。あんなに大きな過ちを一度犯しておきながら…。幾ら大金を受け取れるからと言っても…。しかし、いつまでもこんな生活はしたくない。いや、そんな事よりも…

彼の病気を治してやれるかもしれない…。

金…。

金…。

人殺し…。

金…。

人殺し…。

金…。