堕天使の涙
散歩
雨は勢いを増し、「家」も川からの水で浸され始めていた。

まるでその状況が私の背中をどんと押しているかのようだった。

もう後戻りは出来ない…。

家の中から一枚、写真を胸にしまい込み、再び彼の前に姿を現すと、いつになく彼も神妙な顔をしていた。

この時はこんな表情もするのかという程度にしか思わなかったが、この表情が大きな意味を持つ事を私は後で気付く事になるのだ…。


随分と歩いただろうか、靴やシャツは滴が零れる程に濡れ始めていた。

壊れた傘では降りしきるこの雨をしのげなくなって来ている。

そろそろ相手を選ばなくては…このままでは決断が揺らぎそうになっていた。

それにしても引っ掛かるのは…私のすぐ背後を歩いているこの男、急に話をしなくなったばかりか、とても自分が言い出した事とは思えない程に足どりはひどく重たい様子だった…。

いざとなったら怖じけづいたとでも言うのだろうか?

まさか今更辞めようなどと言うのでは無いかと彼の様子を伺っていると、

「どうしたの?」

先程までとは違い、あの笑顔に戻った彼は逆に私に尋ねてみせた。

「金は先にもらえるのか?」

私は立ち止まり、今まで口にしなかった疑問を遂に彼にぶつけた。

「それは…出来ないね。」

やはり…。

「おじさんを信用しないとかそういう事じゃないんだけど、やっぱり…ねえ?」

確かに先に金を受け取れば、いかにして逃げ出すかを考えてしまうだろう…。しかし、それより…。

「僕から金を奪い取ろうとかは考えないでね。一応ナイフとか…持ってるから。」

私の考えを見抜き、彼は恐ろしい言葉を、やはり笑顔でさらりと言った。

「まあ、その前に今日は鞄持って来てないんだよ。コインロッカーに預けたから。」

そう言えば今日はこの間の様な大きなボストンバッグでは無く小さめのショルダーバッグを肩から提げているだけだった。

少し小降りになったものの、依然降り続ける雨の中しばし二人は無言で立ち尽くした。

「大丈夫だよ?ちゃんと後で渡すから。」

沈黙する私に対し、たまり兼ねた様に彼が口を開く。が、私は依然と沈黙を続け空を見上げていた。
< 7 / 22 >

この作品をシェア

pagetop