堕天使の涙
事故
私はブレーキに一旦足を掛けたものの、直ぐにアクセルを踏み直した。

倒れた男の姿をサイドミラーで確認すると、側で立ちすくむ子供がちらりと視界に飛び込んだ…。

直ぐさま目の前を猛スピードで横切った車輌に目を取られたものの、信号無視を繰り返しながら先程のミラーの光景が何度も頭をよぎっていた。

親子だったのだろうか…。

しかし…今そんな事を考えている場合では無い。そろそろ通報を受けた警察が私を追いパトカーを飛ばしている頃だろう。

捕まる前に…この金を届けなくては。

息子の顔が脳裏に浮かびながら、その度に先程の光景を思い出していた。


運動神経の良くない我が子に投げたボールは大きく頭上を越え、後方で弾みながら視界から消えて行った。急いでそれを追い掛けて行く息子の背中を私も追い、駆け出した。

随分とキャッチボールをするようになったが、まだ彼は一度も私の投げたボールを捕球した事が無かった。

思い返せば私も幼い頃、それで良く父親に笑われたものだった…。


ふと息子の走る後ろ姿を思い出すと、私は右へ切るはずのハンドルをどうした訳か左に
切っていた…。更に次の交差点も左に曲がると、私は元来た道を猛スピードで戻り始めたのだった…。

どこからか聞こえて来たサイレンの音を突っ切り、一目散にあの交差点に戻ろうと更にアクセルを踏み込むと、人だかりが目に飛び込み始める。

流石に野次馬が集まり出したのか…。

どうする?私が戻ったからといってあの男が助かるという訳では無い。

しかし、そんな冷静な考えとは裏腹にアクセルを踏み込む足にはまた更に力がこもり人込みをかわしながら、遂に交差点に差し掛かった。

不意に右側から飛び込んで来た車輌を避けきれず、電柱に挟み込まれる形で私は動けなくなった…。

強く頭を打ち付けた私の意識は遠退き、救急車かパトカーのものか分からないサイレンの音を薄れ行く意識の中で聞いていた。
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