白銀の景色に、シルエット。
 彼女もついて来ると思いきや、闇夜に響くのは一人分の足音。俺が振り返ると、彼女は勢いよく駆け下りて来た――と、思えば抱きついて来る。

 俺は後ろに倒れそうになるのを踏ん張った。


「いきなり抱きつくな! しかも階段で! 危ないだろ?!」


 俺は青くなりながらも彼女を叱咤する。もしかしたら一大事になったかもしれないのだ。


「やっぱダメ!」


 彼女が突然叫んだ。俺は意味が分からずに首を傾げる。


 一体、何がダメなんだ?


「無理だよ…」

「おい、立野? どうした?」

「ごめんなさい、航…っ」

「!」


 今……何つった?

 航って、そう言ったのか、日向。


「ごめんなさい…!」


 必死に謝る彼女を、一旦押しやる。顔を覗き込むと涙で濡れていた。


 俺は訳が分からずに戸惑う。


「立野、お前、俺の事名前で…」

「私の記憶、少しずつ戻ってるの」

「?!」


 信じられない言葉だった。

 記憶が戻ってる?


「いつから──」

「ほんとは一年前から、少しずついろんな事を思い出してた」

「なっ…! お前、何でそれを早くっ」

「ごめんなさい!」


 彼女は勢いよく頭を下げた。


「航の事を思い出せたのは先月で……何度か言おうと思ってたけど言えなかった」

「何で!」

「航を思い出して、この一年間航を苦しめたのが私だって分かって、凄くつらくて、言えなかった! 記憶が戻ってるなんて──また苦しめるって分かってるのに“傍にいて”なんて」

「……っ」

「だから離れようって思ったの! もう航を苦しめたくないかった! だからっ」

「──あんな事言ったんだな」


 彼女はこくんと小さく頷いた。


 驚きのあまり飛んでしまっていた喜びが、じわりじわりと今込み上げる。


「カッコつけた事言っといて、情けないよね」


 涙を拭いながら、落ち込んだように彼女は言う。


「頑張ったのに……無理だった。私には航が必要なの」


 一生懸命に彼女は言う。
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