白銀の景色に、シルエット。
コン、コン。
ちゃんと聞こえるようにと強めにドアをノックしたが、中からは相変わらず返事はなかった。
思わず落胆してしまう表情を無理に笑顔に直した。そうしなければならない理由があった。
ドアを開け、中に足を踏み入れると、ベットの上で上半身を起こし、窓の外を見つめている彼女の姿があった。
室内に入っても尚、気づかない彼女に俺は声をかける。
「立野」
静かに彼女を呼ぶと、虚ろな表情をこちらに向けた。
そして機械的に、
「速水さん…」
と、俺の名を呟いた。
その表情は、以前の彼女には全くと言っても良いほどなかった表情だった。
彼女はいつも笑顔だった。会った時も、電話の時も生き生きとしていた。──あの日の、最後の電話を除いて。
「どうだ、調子は」
「大分良いです」
「そうか」
事務的に答える彼女の傍に近寄り、ベッドに腰を下ろした。
「何を見ていたんだ?」
彼女が視線を向けていた窓の外に目を向ける。
青々とした空には白い雲がもくもくと広がっている。
小高い丘の上に建っているこの家の窓からは、たくさんの家が見える。
どの家も窓を全開にして、風通しを良くしていた。ちらりと光って見えるのは多分、風鈴だろう。
こうなる前から彼女はこの窓から町を見渡すのが好きだった。
特にこの季節、風鈴が風に靡いてるところや各家庭で育てられている向日葵を見るのが好きだと言っていた。
肩につくかつかないかのサラサラな黒髪を靡かせながら、楽しそうに窓から身を乗り出していた姿を、ふと思い出す。