白銀の景色に、シルエット。
「君のせいじゃない」


 そう言ってくれた。それでも俺は自分を許せなくて、彼女の両親に、出来る事は何でもやると申し出た。


 ――そうすれば。


「そんなに心苦しいのなら、娘の記憶が戻るまで待ってやってくれないか。あの子は本当に君の事が好きだったんだ」


 もう二度と顔を出すなと怒鳴られてもおかしくはない立場だった。それなのに、彼女の父親は彼女の傍にいる事を許すどころか、頼んで来た。

 それがどれほど救いだったか。


 あれから出来る限り毎日彼女の元へ通い詰めた。それで許されるのならお安いご用だった。

 しかし、現実はそう甘くはない。

 記憶を失くしてしまった彼女の傍にいる事は簡単な事ではなかった。


 以前のように名前で呼ぶ事はなくなったばかりか、誰の前でも笑わない。話しかけても大抵が上の空。

 想像以上に苦しい思いをした。


 名前で呼ぶ事はなくなった、誰の前でも笑わない、話しかけても上の空である彼女に慣れる事が出来たのは、事故から半年になる頃だった。


 そう考えると、ごく最近だ。


 感傷に浸って我に返ると、彼女がじーっと俺の顔を見つめていた。俺は首を傾げながら、彼女を見つめ返す。


「立野?」


 あどけない表情は前と全然変わらない。思わず笑ってしまった。


「速水さんは、私の何ですか」

「友達」


 この一年間、幾度となく繰り返したこのやり取りを今日もまた交わした。

 彼女は腑に落ちない、という表情で俺を見つめる。


 恋人だと名乗らない理由。それは簡単な事だ。

 記憶を失くした彼女を縛りつけたくなかった。もし違う誰かに恋しても、何の問題もないように。

 もし恋人だと知って、そんな存在を忘れてしまったと心を痛める事がないように。

 取り返しのつかない事を彼女にしてしまった俺が出来る精一杯の事だった。
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