白銀の景色に、シルエット。
誓い。
鼻をつく消毒液の匂いが、いつの間にか気にならなくなっていた。
白で清潔的な空間が広がっている。
白衣を纏い、歩く私の足許から聞こえるヒールのコツコツという音は、周りの騒音に掻き消された。
一階の売店はひっきりなしに賑わっている。
ここは県で一番大きな大学病院。
私、小川夏菜は五年前からこの病院で外科医として勤務している。慣れない事ばかりで戸惑っていた五年前と変わって、今ではもう慣れない事の方が少ない。
そんな私にも、慣れない事が一つだけある。院内では唯一この売店から見る事が出来る、重病感染隔離院。
あの隔離院だけはどうしても見慣れない。つい目を逸らしてしまう。
早々に買い物を済ませてしまおうと、パンコーナーにあったサンドイッチを掴み取り、レジに並んだ。
重病感染隔離院とは、原因不明で治る見込みがなく、更に感染する可能性があると判断された病を患った患者が収容されている場所だ。
十五年ほど前に、この病院の系列として設立された。謂わばあの隔離院は、感染する可能性のある患者の厄介払いの為に造られた。
それを私は直視する事が出来ない。昔から、今も。
私にとってあの場所は地獄に等しく恐ろしい場所だった。
「あ、ここからは見えるのね」
「何が?」
後ろに並ぶ客がぼそぼそと話し出す。
「隔離院よ」
「隔離院?」
「知らないの? 重病感染隔離院って、ここらじゃ有名よ」
「重病感染…?」
「そう。原因不明の感染病患者を収容してるのよ。噂によると皮膚が異常に爛れている人や脳が少しずつ溶けていく人がいるんですって」
「やだ、気持ち悪い…」
「ねぇ。きっとゾンビのような身なりの人がたくさんいるのよ」
「ああ、気持ち悪すぎて吐き気がするわ」
ちゃんとした事情も知らず好き勝手に言う二人の客に、耐えきれなくなった私は振り返って言った。