スタッカート
目を見開いて、隣を見ると――深い藍色に、包まれる。

「……苦しいだとか辛いだとか、そんなことは、比べるものでもないし、

他人には理解できねえ。

例え同じ体験をしたって、感じ方まで完全に同じなんてことはないからな。


それでも、“頑張れ”だとか“自分には分かる”だとか言うやつはいるけど――俺は、そんな嘘はつけねえ」



藍色の瞳が、一瞬、微かに揺れた。


「……だから、俺は何も言えねえし、できねえけど


苦しいと思って逃げたくなったときは…ここが、お前にとってそういう場所になるなら、いつでも、いくらでも来ればいい」


そうして。
口角を上げて、不器用な笑みをつくって、トキは言った。


「自分を追い込んで、逃げ場を無くさないと成長できない奴、逃げ場がないと成長できない奴。

それは人それぞれだ。

まあ、お前は弱いし、すぐ折れるけど。


みっとも無く泣いて逃げたって、

それで成長できるんなら、いいんじゃねえの?」




――そんな。


私にとって、あまりに都合のいい事を。

甘い甘い、蜜を。

与えてくる、トキに



じわり、と視界が滲んだ。


両手で顔を覆って俯く。

「……うぅ…」

「っあー!泣くなよ!面倒な奴だな本当に…」


困惑と焦りを混ぜたようなのトキの声と、私の嗚咽。


静かな廊下に、その二つが響いた。





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