スタッカート
「ライブ、初めてだったのか?」

「もうやだ…死にたい…」

「何言ってんだいきなり。本当に訳わかんねえヤツだな」

トキは何もない壁のほうをぼんやり見つめながら、再び同じ質問をする。

「初めてだったのか?」

私は全身から力が抜けていくのも感じながら、勘違いの恥ずかしさで熱くなった顔を両手で押さえながら答えた。

「…うん」

そうか、と相槌を打ってトキは続けた。
静かな部屋で、初めてきいたときより少し柔らかに聞こえるトキの声が響く。

「変なやつだと思った。最前列のど真ん中で死にそうな顔して。」

「友達に、前にいこうって誘われたから…」


そう言うと、わかっている、というように頷いた。


「嫌いになった?」

「なにが?」

「…ライブ」

正直、もう行きたくないと思った。
思い出したくないものばかりが溢れているライブハウスも、聞きなれない爆音も。

きいていて気分が悪くならなかったのはトキの声だけだった。

一瞬口を開きかけ、ここで嫌いになったなんて言ったら彼はいい気分がしないんじゃないかーそう思い、小さく笑ってごまかし、また嘘をついた。

「そんなことない。普段クラシックしかきかないからなんか新鮮だったし」

言ってから、床に座るトキのほうを見ると、彼は相変わらず壁のほうを見ていた。


でもその顔は少しだけ口元を緩ませていて、今まで見ていた険しい顔とは違って穏やかだった。



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