スタッカート
昼休みの音楽室。
私は、目の前に並ぶ白と黒の鍵盤と、必死に戦っていた。
今週末までに仕上げなければいけない課題曲「美しき青きドナウ」
当然、楽譜は完璧に頭の中に入っているし、特別難しい曲、というわけでもない。
……けれど
このテンポの良い音に、気持ちが上手く乗らない。
―左手に力が入りすぎているから、もう少し優しく。両手のバランスをよく考えて
―優しく、しなやかに。曲の世界に入り込んで……
昨日のレッスンでの藤森先生の言葉が、頭の中で木霊す。
何度も何度も同じところを注意されて、ついに、あの滅多に怒らない藤森先生にため息を吐かせてしまった。
冷えた指先が、鍵盤の上を走る。
見えない何かに追われているようで、
また自分が何かを必死に追っているようで。
破裂する音。
崩れていく階段。
こんなんじゃない。
こんなふうに弾きたいんじゃない。
これじゃあ……
まるで、雄大な自然が破壊されていくようだ。
指を止め、大きくため息をつき、目を伏せた。
――…私
どうしちゃったんだろう……。
その時
「……音、滅茶苦茶汚いぞ」
背後から、佐伯の声が聞こえた。