スタッカート
振り返ると、片手に楽譜を抱えた佐伯が音楽室のドアにもたれかかって立っている。
驚いて目を見開いた私に微かに眉間に皺を寄せ、佐伯はゆっくりとした足取りでこちらに近づいてきた。
私の表情から察したのだろう、忘れ物を取りに来ただけだ、と腕に抱えた楽譜に視線を向け、佐伯は言って。
そして譜面台に置かれた「美しき青きドナウ」の楽譜を見、首をかしげた。
「お前らしくないな。……別に、それほど難しい曲でもないだろう?」
言われて、心がどんどんしぼんでいく。
降りた沈黙に、ただ重い空気だけが流れる。
「…何か、あったのか」
しずかにそう聞いてきた佐伯の声は
優しく、柔らかくて。
朝の、あの針を纏ったようなオーラはどこにいったのかと思った。
けれど
「アイツ……トキに、何かされたのか?」
続けて聞こえたその声は
鋭く、尖っていた。