スタッカート
「面白い音が聞こえるなあと思って寄ってみたら、東子だったんだね」
そう、ふふ、と笑ってヒナは言って。
近づいてきてピアノの横に立つと、次はむっと口を尖らせた。
きょとんと首をかしげた私に、ヒナは困ったような顔で笑った。
「何年も東子の音を聞いてきたのに、誰が弾いてるのか全然分からなかった。…悔しいなあ。嬉しいけど、悔しい。…トキくんはやっぱり、凄いな」
その言葉を聞いて、自分の顔がみるみるうちに赤く染まっていくのを感じる。慌てて掌で自分の顔を隠すと、
「バレてるって、もう!」
と、噴出しながら、ヒナに肩を叩かれた。
「ば、バババ…っ!」
「はいはい。トキくんと付き合うことになったのね?」
「えっ…!!な、なんでわかっ―」
「だって、あーんな幸せそうな顔で弾いてんだもん。音だって、そうだよ。たまにすっごく切なそうな音もあったけど、それでも幸せで幸せでたまんないっていう、そんな気持ちがある音だったもん」
は、恥ずかしい……。
顔が茹で上がるように熱くなり、小さくなった私を、ヒナはぽんと優しく叩いて言った。
「ほんとに、嬉しいよ。よかったね」
顔を上げると、にこにこと笑うヒナがいて。自分の顔が再び赤くなるのを感じながら、私はぎこちなく頷いた。
「はあ。もー、やっとくっついたね。ハタから見ててイライラしてたんだよ」
「え…ええ?」
「いやだって、バレバレだもん。トキくんなんか、もう東子しか見えて無いってかんじだったし、東子も東子で分かりやすすぎだし。いつまでうじうじしてんのよーってツッコミたかったんだよ、ずうーっと!」
いやいやいや。
慌てて顔の前で掌を横に振る。
ヒナは軽く私の頭を叩いて、そんな天然なところがいいのかな、と半ば呆れたように笑った。
「…で、ね。東子、ひとつお願いがあるの」
ひとつ咳払いをして遠慮がちにそう言ったヒナと、目を合わせる。
なに、と聞き返す前に、ヒナの指が鍵盤の上で動いた。
流れるように、紡ぎ出されるメロディ。
これって――……
「…弾かない?」
優しく目を細めたヒナが、少し首を傾げる。
それは、私とヒナが発表会で弾く予定だった、連弾の曲だった。