actum fugae
 そう、決めていたのに。

 彼はその壁をいとも容易く崩してしまう。



「……俺の事避けるクセに、ジョーロはちゃんと使うんだ、蛍チャン」

 夕方。真っ赤な夕日が教室中を照らし出す。学校中に設置されている緑のお陰で周囲の空気は思っている以上に澄んでいて。

 だからこそ、この教室から見える景色はとても綺麗に思えた。

 彼に会いたくなくて、植物に水をあげる時間を朝から夕方へと移した。

 彼が部活で絶対にグラウンドに居る時間を見計らって、私は教室から教室へと歩き渡る。

 夕方に水を上げるようになって一ヶ月も経っていた頃だったから、油断していた部分もある。

 まさかこの時間に、この教室で彼に会うだなんて予想もしていなかった。

 正直言えば、会いたくなかった。

 会いたかったけれど、会いたくなかった。

 それが本音。

 会ってしまえばきっと私はあの時の、あの行動の意味を問い詰めてしまう。

 答えを求めてしまう。

 それは私が“大人”でも“教師”でもなくなる瞬間を意味している。

 彼の声を聞いただけで、姿を目にしただけで心臓はバクバク煩いし、脈拍だって可笑しいくらい高くなってるに違いない。

 だけど、ここで変な態度を取るわけには、いかない。
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