actum fugae
「……お代は十分に支払ったわけだし、どう使おうと私の勝手よ……」


 手に握られているのは、あの日葛城君が私の為に買って来てくれたシャンパン色のジョーロ。

 彼が、私の為に選んでくれた、唯一のもの。

 好き、だからこそ。使わずには居られなかった。


「捨てられたのかと思ってた」


 捨てる事なんて、出来るわけ無かった。


「……気に入っているもの」


 貴方が。

 私の為に、選んでくれたものだからこそ。


「そっか。なら良かった」


 私は大切に使いたいと思ったんだよ……?


「用が無いなら、行くから」

「うん。呼び止めてゴメンね、蛍チャン?」

「だから牧瀬先生って呼びなさいっていつも言っているでしょう!?」

「……ヤだよ」


 葛城君は教室の入り口で、そう言ってあっかんべーってしてみせると、全速力で走り出す。


 あの時の意味を、答えを。出来る事ならば本当は聞きたかった。

 けれどそれ以上に彼が未だに私のことを“蛍チャン”と呼んでくれる事に、思っていた以上の安心感を感じてしまって。

 私はただそれだけの事で胸が一杯になってしまったのだ。
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