actum fugae
「お礼にこれを貰うから」

 そう言って葛城君は私の右腕を急に掴んで、引っ張って。

 私はいきなり引っ張られた事により勢い良く彼の胸の中へと連れ込まれて、そして。


 初めて、あんな近くで彼の整った顔を見た。

 それは一瞬の出来事で、それでも私は何処か冷静にこんなにも整った顔をしているんだ、と改めて彼に見蕩れていた。

「んっ……」

 だから、気づかなかった。

 彼の言う“お礼”がどんなものか。

 もっとハッキリ自分の意識を持っていたのならきっと避ける事だって出来た筈なのに、それが出来なくて。

 気がつけば私の唇は、彼の唇によって塞がれてしまっていたのだ。


 塞がれた、と解った次の瞬間にはすでに私の左手が彼の頬を思いきり叩いていた。

 バチン、と言う音がそこら中に響き渡る。

 利き手は彼に捕まれたままで滅多に使わない左手だったからそこまでの威力はなかったけれどそれでも彼の腕の中から逃げ出すには十分な衝動で。


「し、信じられないっ……!」

 私は離された右腕で唇をごしごしと拭きながらそう口走ると、彼から逃げ出すように走って職員室まで逃げた。
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