シングル・シグナル・ナイト。
腕を舐め終えたくじらは、
彼方天空に、
その半ば潰れた、つぶらな瞳を向けた。
墓標が小刻みに揺れる。
一志は、シャツに血が付かないように気をつけた。
耳に高い擦過音。
それが、肺に空気が溜まる音だと気付いた時には、もう、くじらは次の行動に移っていた。
咆哮。
ただ、何の迷いもなく。
叫ぶ為だけに生まれた、純粋な音。
他方の意味を許さない、生粋の声。
鼓膜が震える。
世界が撼える。
くじらは叫ぶ。
闇が散り散りになり、その奥から予断を認めない闇が生まれた。
鈍い音。
橋が堕ちる。
思った以上に近くに墜ちてきた。
案の定、問いと疑問は橋の下敷きになり、痴態を晒していた。
くじらが喰らい始める。
それらがなくなるまでは時間の問題だろう。
橋の欠片を手にする。
ぱさぱさとしたエナメル・プラスチックでできていた。
見せ掛けの橋を、あらかた平らげたくじらは、不機嫌そうに脂と寒天でできた疑問を舐めている。
一志は、橋の破片を、手近な闇と交換した。
とても等価な交換ではなかったが、どうしても、なんとなく闇が欲しかったのだ。
闇は、腕に身体を擦り寄せるように絡み付く。
好感の持てる艶のない黒色だった。
さぞかし育ちの良い闇なのだろう。
一志は少し嬉しくなり、闇を握り潰した。
悔しい悲鳴があがる。