つま先立ちの恋
エレベーターに乗った所までは覚えてる。

フーが追いかけて来てくれた所も覚えている。だけど、その先……―そこから今、この状況に至るまで。この部屋に入るまでの出来事を私は全く覚えていなかった。

一番肝心で一番重要で絶対忘れちゃいけない所をよりにもよって私は覚えていない。

なんて惜しいことを!
なんてもったいないことを!
誰か、ビデオに撮っていませんか!と確認したいくらいだ。

何度脳内記憶をリピートしても、どうやっても思い出せない。それはつまり、それくらい私にとって予想も想像もできない展開だったってことなんだけど。いや、今のこの状況もそうなんだけど。


しかも、、、柏木さんを帰らせたって…どういうこと?

どういうことも何も、そういうことなんだよね?

つまり、えっと、フーは今日、どうやって帰るつもりなの?

さっきは私を送って帰るみたいなこと言ってたけど、それはどうなったの?

だって今、この部屋には、、、このドアの向こうにはフーが……


「お母さん、ごめんなさいっ!!」


………と言う意味不明の叫びを思い切り叫んだ。もちろん、フーには聞こえないように服に顔を埋めてだけど。

これ、どっかのお笑い芸人が似たようなことやってなかったか!?

と、一人突っ込みができるくらいに回復した所で。

とりあえず着替えよう。
何よりもまず着替えよう。
早くフーの所に行きたい。

気持ちが焦っているせいなのか、それともやっぱり緊張しているせいなのか。私はワンピースのボタンを何度も掛け違えてしまった。

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