つま先立ちの恋
俺がふと自嘲するように笑みを漏らすと、

「岡田様も遅れて参加されるそうですが」

「らしいな。この後、時間を空けておけという話だ。どうせまた、例の話だろう」

ふん、と笑いながらそれを蹴り転がすように足を組み換える。

この三ヶ月、あの男は目障りなほど俺の前に姿を現していた。いい加減見飽きたと言ってもいい。面と向かってそう言った所であの男は笑うだけだが。

「…ご苦労なことだ」

今日はクリスマスだというのに。あの男にも帰りを待つ人間がいるはずだろうに。


……―『おおきに。』


懐かしい声と蘇るのは、あの夏の残像か。



「お待ちしましょうか?」


ふと開いた胸の隙間に柏木の声が滑り落ちる。現実に引き戻された俺は、今度は瞼を閉じる。

「いや、いい。たまにはお前も早く帰ってやれ。家族が待ってるんだろう」

目を開き外を眺めながらそう返すと、柏木が口を閉ざすのがわかった。この男が言葉に詰まることは珍しい。いや、それ以前に俺がこんな言葉をかけてやること自体が珍しい、か。

……この男にも、待っている家族がいる。


車に気付いたドアマンが駆け寄り後部座席のドアを開ける。顔を引き締め、目の先にあるドアを見据える。このドアの向こうにも俺の後ろにも俺を待つ人間の姿が見えない。俺らしくもない弱気な言葉がふと頭の片隅を駆け過ぎる。

「お気をつけて。」

柏木の小さな声に背中を押されるように、それでも俺はそこへ向かうしかないのだ。

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