つま先立ちの恋
「高崎の坊っちゃんじゃないですか?」

いかにも場の空気にそぐわない馴れ馴れしい声で、そう俺に話しかけてきたのは長身の男だった。

「…川田常務役員」

「お久し振りですね。いらしていたとは。お会いできて良かった」

何の意図もなく差し出された大きな手を握り返す。老いを感じさせないその力強さ。俺はその男の顔を見上げる。

「高崎相談役はお元気ですか?自宅療養中とお話をお聞きしまして先日、お見舞いに伺おうとしたのですが、どなたにもお会いなさらないとか…」

川田常務役員はその黒々とした男性的な眉をしかめながら早口にまくしたてる。

「自分も高崎相談役には大変お世話になりまして、まだまだ現役で走り続けていただきたかったのに…」

大袈裟に肩を落としながら息を吐く。大の男が。だが、そこに芝居の白々しさはなく。


……この男の名も、確かリストに上がっていたな。


俺はあの男から受け取った「リスト」の記憶を捲った。


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