つま先立ちの恋
新美副社長の派閥に組み変えられた組織において、それでも名を残した男だ。質実剛健、部下を牽引する力を祖父に認められて昇進したという話を記憶している。そして、新美副社長にもその実力を敬遠されることなく、側近に配置されたはずだ。

俺も入社以降、直接の面識はなかったが成る程、祖父が気に入りそうな面構えをしている。

俺は両の口端を持ち上げて笑みを作ると、

「…坊っちゃんはやめてください。いくつになると思ってるんです?」

「これは失敬。そうでしたね。一彦さんのご子息でいらっしゃる冬彦さんも、今や会社の若手重役候補のお一人でした。お噂は聞き及んでいますよ」

「どうせロクな噂じゃありません。お恥ずかしいかぎりです」

「ご謙遜を。」

言葉を交わせば相手がどれほど度量の持ち主なのかわかる。俺から目を逸らさずにまっすぐと挑んでくるような目は、また相手を包容するかのような言葉の柔らかさ。この男の内側に満ちている物が見えてくる。

…成る程、祖父が気に入りそうな面構えだ。


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