東京エトランゼ~通りすがりの恋物語~
「こんな綺麗な髪の毛にガムを吐くなんて、まるでダヴィンチの名画“モナリザ”にペンキを塗りたくるような冒涜(ぼうとく)だ」
そーきたか。あたしが予想しなかったリアクションだ。
「もし誰かのイタズラだとしたら、タチが悪すぎる」
彼は眉間にシワを寄せ、クチを“へ”の字に曲げ、整った顔を台無しにして、まるで自分のことのように辛そうな顔をしてくれた。
「でも、もういいんだ…。この際だからバッサリやっちゃってよ」
「もったいない。切るのはチョキンと一瞬だぜ。そこまで伸ばすのに何年かかった?」
「切るしかないじゃん……ホントは泣きたいくらいだけど、もう覚悟はできてるし……」
「だから、切らなくていいんだって」
彼はあたしにキッパリと断言した。
「でも、あたし、前にテレビかなんかで“じゅうたんにガムが付いたときは氷で冷やして固めたら取れる”って聞いたことがあったから、髪を水で冷やしてみたんだけど、カチカチになるだけで全然取れなかったよ」
「やれやれ、“髪の毛”と“じゅうたん”をいっしょにしちゃ困る、っての」
「なによ、そのバカにしたみたいな言い方」