東京エトランゼ~通りすがりの恋物語~
「聞いたよ、ロム。アンタ、お菊の“運転手”やってるんだって?」

「う、運転手って……俺は別にそんなつもりじゃないよ。ただお菊ちゃんが電車に乗るのがイヤだろうと思って、俺が送り迎えしているだけだよ」

「電車に乗るのがイヤ…?」

ハナシを聞いてみると、こーいうことだった。


3ヶ月前の、とある土曜日の夕方のこと、池袋に買い物に出掛けたロムは、買い物帰りの客や仕事帰りのサラリーマンたちでスシ詰め状態の電車内に、キクチ・ヨーコの姿を見つけたそうだ。偶然、同じ車輌に乗り合わせたってことだと思う。

二人の距離はざっと5、6メートル。その間にはびっしりと乗客たちが詰まっていて近寄ることもできない。

やがて電車が走り出して三つ目の駅を過ぎたあたりで、キクチ・ヨーコが不意に“しかめっつら”をしたという。

“なんだろう?”と思って彼女のほうをよく見てみると、彼女の背後にピッタリとくっつくようにして立っているボロボロのロングコートにボサボサ頭の中年おやじの肩が、わずかにだけど上下に動き続けているのに気がついたそうだ。

そして中年おやじの肩が動けば動くほど、キクチ・ヨーコはますます険しい表情になっていった。

ロムはこのとき“痴漢”だと直感した。
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