東京エトランゼ~通りすがりの恋物語~
だけど、彼女とは距離が離れていたし、おとなしい彼には、車内の大勢の知らないヒトたちの前で、大声で痴漢を問いただすこともできなくて、“どうしよう? どうしよう? どうしよう?”って、ただひたすらに自分に問い続けることしかできなかったそうだ。
それから数分後、電車が次の駅に止まると、突然、キクチ・ヨーコは「いーかげんにしてよ!」と痴漢の手をひねり挙げたという。
痴漢されているのを知っていながら、なにもしてあげられなかったことに罪の意識を感じたロムは、それ以来、塾に行くときも、学校の登下校のときも、彼女を自転車で送り迎えするようになった、ということだった。
「ふぅん、エライぞ、ロム♪」
彼のヘアースタイルをぐしゃぐしゃにして頭をなでてあげるあたし。
“やめろよ”とばかりにあたしの手をどけると…、
「えらくなんかないよ…俺にできるのはこれくらいしかないし…」
…と彼は言った……空間の一点をじっと見つめながら。
あたしの記憶が確かなら、キクチ・ヨーコの家から学校までの距離は、ロムんちと学校の間の距離よりも遠かったはず。
だとしたら、ロムはわざわざ遠回りをして、毎日、彼女を送り迎えしていることになる。