桜の木の誓い
すっかり陽も落ち、夕餉も食べ終えたこの時刻の屯所内は日中の喧騒が微塵も感じられない。
そんな敷地内で独り、自室で文机に向かっていた優真は刀を供に付けずおもむろに立ち上がった。
(もうそろそろ、か)
部屋を出、誰にも遭わないよう足音を消し移動する。
屯所を裏門から出た所でまだ闇に慣れていない眼を細めて辺りを見廻すと、上手く闇に溶け込んでいる目的の人物を見つけて其方へ近付いた。
「佐々木」
「あ、立花先生」
優真に気付いた佐々木はふにゃりと笑顔を浮かべた。
そんな佐々木に優真は手に握っていた小さな濃い藍色の布袋をガシャリと差し出す。
「これは…?」
「餞別かな」
「!わざわざその様な事をなさらなくても…」
「いいから受け取って、」
そう言って優真は無理矢理、佐々木の手に金の入った布袋を握らせた。
実は優真、意外と倹約家で試衛館時代から少しずつ貯金していたのだ。
その金を、今回佐々木の餞別として贈ったのだった。
今だに餞別を受け取る事に渋る様子を見せている佐々木に優真は「返品不可」と言い放つ。
「…判りました。有難く受け取らせて貰います」
佐々木は優真の意志が変わらない事を潔く理解したのか、布袋を大事そうに懐へとしまった。
「あぐりさんは?」
「少し行った茶屋の角で落ち合う事になっています。…そろそろ行かないと」
「そうだね、女の一人歩きは夜は危険だし早く行った方がいいよ」
「はい。―――それでは立花先生、お世話になりました」
佐々木はあの多少幼さの滲んだ笑顔で優真に別れを告げ、足早にその場を去って行った。
実にあっけない別れの仕方だったが、優真の表情はまるで若き二人を見守る親の様に穏やかだった。
(――さて、)
佐々木の後ろ姿が闇と同化して見えなくなるまで優真は其処に居たが、夏の生温い風が躯を吹き抜けるのを感じると屯所の中に姿を消した。
そんな敷地内で独り、自室で文机に向かっていた優真は刀を供に付けずおもむろに立ち上がった。
(もうそろそろ、か)
部屋を出、誰にも遭わないよう足音を消し移動する。
屯所を裏門から出た所でまだ闇に慣れていない眼を細めて辺りを見廻すと、上手く闇に溶け込んでいる目的の人物を見つけて其方へ近付いた。
「佐々木」
「あ、立花先生」
優真に気付いた佐々木はふにゃりと笑顔を浮かべた。
そんな佐々木に優真は手に握っていた小さな濃い藍色の布袋をガシャリと差し出す。
「これは…?」
「餞別かな」
「!わざわざその様な事をなさらなくても…」
「いいから受け取って、」
そう言って優真は無理矢理、佐々木の手に金の入った布袋を握らせた。
実は優真、意外と倹約家で試衛館時代から少しずつ貯金していたのだ。
その金を、今回佐々木の餞別として贈ったのだった。
今だに餞別を受け取る事に渋る様子を見せている佐々木に優真は「返品不可」と言い放つ。
「…判りました。有難く受け取らせて貰います」
佐々木は優真の意志が変わらない事を潔く理解したのか、布袋を大事そうに懐へとしまった。
「あぐりさんは?」
「少し行った茶屋の角で落ち合う事になっています。…そろそろ行かないと」
「そうだね、女の一人歩きは夜は危険だし早く行った方がいいよ」
「はい。―――それでは立花先生、お世話になりました」
佐々木はあの多少幼さの滲んだ笑顔で優真に別れを告げ、足早にその場を去って行った。
実にあっけない別れの仕方だったが、優真の表情はまるで若き二人を見守る親の様に穏やかだった。
(――さて、)
佐々木の後ろ姿が闇と同化して見えなくなるまで優真は其処に居たが、夏の生温い風が躯を吹き抜けるのを感じると屯所の中に姿を消した。