桜の木の誓い
この時の優真はすっかり忘れていた。
…小さな階段の存在を――。
とにかくその異質な存在を放つ桜の木の元に行こうと必死に…いや、それしか考えられなかった。 後から思えば何故そんなに執着していたのか分からない。
だが、今の優真は衝動的になっていた。
頭で考えてから行動するタイプの優真には珍しく体が先に動く。
そして気付いたときにはもう遅かった。
「うわわっ!」
先へ先へと進めていた足が空を切り、あるはずの地面の感触を感じぬまま優真はバランスを崩した。
まるでスローモーションの様に動く視界。
ちらりと映った五段ほどの階段。
(ああ、そうか…)
そういえば少しの階段が中庭にはあったなぁ…なんて考えている間に、下降していく自分の躯を止めることは出来なかった。
鞄を両手を使って頭上で持っていたのが仇となり、咄嗟に手をつくことも間に合わない。
免れることは不可能である次に予測される衝撃を、受け入れるように優真は目を閉じた。
ドンッ
勢いよく打ち付けられた躯がほんの少しバウンドした弾みで、優真の頭は地面と強く接触した。
「……っ!」
一瞬息が詰まった後、ぐわんぐわんと振動するように脳内に波紋が広がっていく。 躯を起こそうとしても微塵も動いてくれず、そうこうしている内に次第に意識がぼやけてきた。
抵抗も虚しくゆっくりと瞼は閉じてゆく。
そして数秒後。
優真の意識は消えるように底へと堕ちた。
最後に視界一杯に広がった景色、――それは不気味なほどに光り輝く満開の桜だった。