The Last Lie
『柚杞、』
『…なに?』
あぁ、やっぱり今日も言えない。
面倒そうに、でもその名前を呼べば足を止め振り返ってくれるあなたに、私は今日も口を閉ざしてしまう。
『…えと、気をつけてね』
『ん、じゃな』
私を送り届けた後、いつも何の躊躇いもなく、あなたは帰っていく。
家の前で見送りながら思う
あの大きな背中に抱きつけたなら、
あの腕の中に夢を見れたなら、
あの低い声に『好きだ』と返してもらえたなら、
こんな言葉を言いたいなんて思わないのに。
ため息をつき家の門に手をかける。
秋の終わりの空気は冷たくて、吐いた息が白く揺れて周りの暗闇に溶けた。
柚杞と付き合ってもうすぐ一年が経つ。
『さよなら』と、
言いたくなったのはいつからだったっけ。
道路に目をやるとあなたの姿はもう無かった。
お喋りではないあなた。
それでもいつも私の話に相槌をいれて、話の最後には感想を言ってくれる。
良かったな、とか
頑張れば、とか
面倒そう、とか、
何でも良かった。
何でも嬉しかった。