クリアネス

店を飛び出し、無我夢中でとにかく走った。


しばらく走ると、胸が苦しくなった。



友達と遊び回ったこともなければ、体育の授業を受けたこともない。


こんなに走るのは初めてだった。



心臓が痛いと思った。


けれどもっと奥の、何かが痛いとも思った。



しばらく走ると、見慣れた公園が現れた。



普段と同じ光景の中を、駆け抜けて行く。


郵便局。パチンコ店。商店街。


いつもマユミと手をつないで歩いた道だ。



それをどうして、今はひとりで走っているんだろう。




「苦しっ……」



アパートの前で、隼人は足を止めた。



ひざがガクガクする。


自分の汗が地面に落ちるのが見えた。


肩で息をしながら、階段の手すりをつかむ。



マユミの部屋は2階の一番奥だ。


玄関まで歩いていくと、窓から見えた灯りのない部屋に、胸が締めつけられた。



チャイムを鳴らす。

返事は無かった。





どれくらい時間がたったのだろう。


カン、カン……と、近づいてくる音に、顔を上げた。



気配のする方を見る。


さびかけた鉄の階段から、足音が徐々に大きくなってくる。



見覚えのある黒髪が見えた。

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