クリアネス
隼人は畳にこぼれたカフェオレを、指でぬぐった。
カフェオレはすでに深くまで染み込み、消えそうになかった。
少し話し疲れたマユミは小声で言う。
「で、代わりに育ててくれたのが、あの店長だもんね。
そりゃ、ろくな育ち方しないよね。
……なんせ、あんたのお母さんに売春させてた張本人なんだから」
胸の痛みはもう無かった。
ただ冷たい風だけが、心をすり抜けてゆく。
耳に届くマユミの声も、リアルに感じられない。
……自分には最初から、母親はいなかった。
それが当たり前だった。
人間に羽が無いのと同じように、自分には母親がいないことが普通だった。
たとえば、時には、飛べることのない空を見上げ、涙を流すことがあったとしても。
部屋の中なのに、やけに寒い気がした。
ふと見ると、少しだけ窓が開いていた。
そこから冬の名残りを感じさせる風が吹き込んでくる。
……あの、温かかった部屋は、もうここには無い。