クリアネス


……ピンポーン。



意識とは別のところで、チャイムの音を聞いた。


しばらく無視していると今度は



「さくらー。いるー? ミカだけどー」



と、どこか懐かしい声がした。



考えることをやめてしまった頭は、言葉の意味を理解するのに時間がかかる。


“さくら”はあたしの名前で

“ミカ”は……親友の名前だ。



あたしはのろのろと起き上がり、玄関の鍵を開けた。



「ボンジュール、お嬢さん」



小さなケーキの箱を片手に、ミカは満面の笑顔を見せた。







ミカが買ってきてくれたのは、あたしたちの地元にある可愛らしい喫茶店のケーキ。


高校生の頃はいつも、下校途中に立ち寄ってはこのケーキをほおばりながら、他愛もない話に花を咲かせていた。



「さくら、ここの好きだったじゃない? 最近行ってないしさー。買ってきて一緒に食べようと思って」



ミカは手際よくお皿を取り出し、そこにケーキを並べる。


あたしは何も言葉が出てこなかったから、ただ下を向いたままコーヒーをいれた。



「いただきまーす」



はずむ声でそう言うと、ミカは銀色のフォークをイチゴに差した。


「美味しいねえ」とほおばるミカの顔は、本当に美味しそうだ。


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