クリアネス


病院の中は今日も人であふれている。


白衣姿で忙しく走り回る看護師さんや、薬をもらいに来たお年寄り、風邪をひいた小学生。



だけど、あたしが訪れるこの病室だけは、いつも静かだ。



2、3回ノックをすると、中から「はい」と声がした。



「起きてた? ……コウタロウ」



扉を開けて、りんごの入った袋を差しだしながら笑顔を作る。



「うん、さっき起きた」



少し痩せたコウタロウが、ベッドの上から微笑んだ。



戻ってきたあの日から、この大学病院を訪れるのがあたしの日課になっていた。



「見て。コウタロウに秋物の帽子買ったの」


「お、サンキュー」


「かぶってみてよ」


「……どう?」


「うん、似合ってる」



ここでは、時間が穏やかに、ゆっくり流れていく。



「これかぶって街歩けるように、早く体治さなきゃな」


「そうだね」




……ねえ。


あたしは、ちゃんと笑えているのかな。




貴方と離れてから、あたしの世界はすっかり色を失って

笑顔が下手になったんだ。


< 250 / 270 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop