クリアネス
病院の中は今日も人であふれている。
白衣姿で忙しく走り回る看護師さんや、薬をもらいに来たお年寄り、風邪をひいた小学生。
だけど、あたしが訪れるこの病室だけは、いつも静かだ。
2、3回ノックをすると、中から「はい」と声がした。
「起きてた? ……コウタロウ」
扉を開けて、りんごの入った袋を差しだしながら笑顔を作る。
「うん、さっき起きた」
少し痩せたコウタロウが、ベッドの上から微笑んだ。
戻ってきたあの日から、この大学病院を訪れるのがあたしの日課になっていた。
「見て。コウタロウに秋物の帽子買ったの」
「お、サンキュー」
「かぶってみてよ」
「……どう?」
「うん、似合ってる」
ここでは、時間が穏やかに、ゆっくり流れていく。
「これかぶって街歩けるように、早く体治さなきゃな」
「そうだね」
……ねえ。
あたしは、ちゃんと笑えているのかな。
貴方と離れてから、あたしの世界はすっかり色を失って
笑顔が下手になったんだ。