クリアネス

あたしは顔だけ後ろに向けて、恐る恐る声の方を見上げる。


いまだ包帯が取れない痛々しい姿のコウタロウが、松葉杖に支えられながら立っていた。



「な、何のこと?」


立ち上がって肩をすくめてみたけど



「やっぱり忘れられないんだろ?」


コウタロウの表情は暗く沈んでいた。



「言ってみろよ」


「コウタロウ……」


「あいつが忘れられないって、俺の前で言えるモンなら言ってみろよっ!」



怒声が廊下に響き、その騒がしさに近くの病室の患者たちが顔を出した。



「……くそっ!!」



事故の後遺症が残る足を引きずって、コウタロウはその場を去る。



周囲からの好奇の視線に、痛いくらいに晒されながら、あたしはひとり立ちつくした。



「どうしたら……いいのよ」



忘れられない、なんて、言えるわけがないじゃない。



だってあの日々は、ただの長い夢だったように思えてならないし

あたしは今こうして現実を生きている。



常識とか

義務とか

仲間とか

家族とか

恋人とか。



あの子と一緒にいる時は、捨ててしまえると確かに感じたものが、今のあたしの毎日をかたどっていて……。



結局あたしは弱いまま。


ひとりじゃ怖くて、何も捨てることができない。

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