クリアネス
「……怒ってなんか、ないし」
「ほんと?」
「……うん、ほんと」
あたしはうつむいたまま笑顔を作ってから、顔を上に向けた。
「ごめんね。ちょっと寝起きで機嫌悪かっただけ」
おどけた風に頭をかきながら言うと、レオはいつも通りの無邪気な笑顔で、あたしの頭をなでた。
「やぁっぱお前、超子供」
くしゃくしゃと髪をなでるレオの手。
こんな、少女漫画みたいなしぐさをされて、あたしの心は甘く痛む。
やばいな、ペース、乱されすぎ。
「じゃ、そろそろ帰るわ」
「うん。気をつけてね」
「さくらも、ちゃんとベッドで寝ろよ。腹冷えるぞ」
「はいはい」
あたしは玄関を開けると、振り返ることもなく、エレベーターに乗り込むレオの後ろ姿に手を振った。
レオが帰った後は、部屋の温度が急に下がる。
いつものことだ。
だけど、私はこの時気づいていなかった。
この部屋の中だけでくり広げられる、私たちの秘密の日常を
窓の外から見つめる目があったなんて。