センチメンタルな季節【短篇集】
「実はわたしが親父の残した借金のかたにヤクザに売り飛ばされそうで、どっかの国の特殊捜査員で、この国からも世界からも目ェ付けられてるって言ったら、どうする?それなら良いのかい?」

女は早口に伝えると、どうだ−とでも言いたげな勝ち誇ったような顔をした。

「いや、良くもねぇし。『どうする?』なんて聞かれても、どうもしねぇよ。」

呆れるように男が言うと、再び春風に混じって先程の女の煙草の匂いがした。

苦手な匂いと眠気で眩暈をおこしそうになる。


「理由なんてどうでもいいじゃねぇか。・・・・とにかくだな・・・」

女は懐から煙草を取り出し、火をつけた。

深く吸った後、紫煙と共にため息を吐いた。
紫煙とため息は夜の闇へ消える。

一瞬の静寂。

女は再び煙草を吸い、深く、唇の隙間から

「わたしをさらってくれ。


……あんたしか、いないんだよ」

と、吐いた。
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